透析クリニックに勤め続けて6年半、私は退職することになりました。

その原因は、職場の人間関係が悪いとか、セクハラやパワハラに耐えれなくなったとか、仕事に対してのネガティヴな理由ではありません。

 

かといって、

 

・学校に通う

・他の分野の道へ行く

・臨床工学技士としてのステップアップ

・他の病院へ転職

 

ポジティブな理由でもありません。

 

 

やむ終えず退職することになりました。

その理由は、母親の介護です。

 

私は当時、透析クリニックで臨床工学技士としてバリバリ働いていました。

 

来年には学会発表も任されており、これからステップアップするときでした。

 

仕事を終えて一人暮らしの自宅で呑気にテレビを見ていると、突然父から電話がかかってきました。

 

父からの電話は本当に珍しく、それだけで嫌な予感がしました。

その電話の内容は母が倒れたということでした。

すぐに救急車を呼ぶように伝えて、その後の連絡を待ったところ、原因は脳梗塞だということが判明しました。

次の日に新幹線で実家に帰り、医師から今後のことを聞きました。

 

幸い、命に別状はなかったのですが、後遺症は残り、半身不随になる。
もう前のように話せないだろう。

私の脳裏には「退職」という文字浮かびました。

 

私は兄妹がおらず独身です。

父のことを考えると、実家に帰らなければいけないと思いました。

 

私が医療現場を辞めると告げたとき

 

 

そして職場に戻りそれを上司である技師長に伝えると「やはりそうなるか」と予想していたようでした。

 

辞めることを決めていましたが、他のスタッフには言えなかったです。

どんな言葉を言われるか怖かったというのがあります。

 

なのでしばらくは黙っていましたが、比較的に仲の良いスタッフ、先輩には伝えました。

理由を伝えると「仕方ない」と言ってくれました。

その後、技師長や院長と話し合い、辞める日取りを決めて辞表を提出しました。

 

 

学会の前、期間中は忙しくなることは年々のことで承知していたので、最低でもその期間までは仕事をしようと決めました。

母の退院予定日も学会後でちょうど良かったです。

 

私は臨床苦学技士として残された時間、自分にできることはなんでもしようと思いました。

そして、自分がいなくても大丈夫なようにしようと動きました。

 

私は透析クリニックでは医療の仕事以外に、パソコン関係などの仕事を任されていました。

任されていたので他にできる人がいない状態です。

看護師さんからのパソコン関係の質問や、トラブルの対処をお願いされていました。

 

このままだと私が辞めてからパソコン関係でトラブルが出た場合、対処する術がありません。

そう思った私はすぐに、トラブルシューティングを作成しました。

 

 

よくあったトラブル、質問をWindowsの操作手順を画面録画して、動画として残しました。

もちろん動画にはテロップも入れました。

 

看護師さんにわかりにくいと言われたら修正して、誰が見てもわかるようになるまで作り直しました。

それでも二重に対処できるよう、その年に入った見込みのある後輩に伝授しました。

透析室の仕事も、辞めるからと言って手を抜くことなくいつものように気張っていました。

 

患者さんにも一人ずつ挨拶に行き、スタッフ全員にも自然と辞めることは伝わってました。

 

退職の日が近づいてきたとある飲み会で

 

そして学会が終わり、退職の日が迫った頃なのに夏の飲み会を私の送別会として全員が参加してくれました。

飲み会と送別会がかぶるのは良くある話だったので、なんとなくはそうなるとは思っていましたが、いざそれが決まると恥ずかしくなりました。

 

自分が主役扱いされる飲み会は、大変恐縮な思いがありました。

例年の送別会では代表者の贈る言葉や、退職者の挨拶で終わったのですがその年は違いました。

 

 

なんと全てのスタッフが一人一人が、私に言葉を贈ってくれました

中には泣いてくれた看護師さんもいます。

 

その時私はこの透析クリニックに就職して、このスタッフと仕事ができて良かったと思いました。

 

思えば入職当時は右も左もわからず、迷惑をかけたりして嫌われていて何度辞めようかと考えたものです。

しかし悪いのは自分の責任だと思い、歯を食いしばって全力で仕事をして、気づかないうちに信頼関係が生まれていました。

 

ものすごく怖かった看護師さんが泣いてくれてのは驚きましたが嬉しかったです。

私も思わず泣いてしまいました。

こうして私は円満退職することになりましたが、退職の理由が誰にも何もできない重大な理由ということももちろんありますが、自分が今まで行ってきた仕事への姿勢だったと思います。

 

仕事をサボっていたり、自分のことだけを考えていたらこのようなことにはなっていないと思います。

誰も私のことの興味もなく、辞めてもそっけなかったと思います。

 

その前に辞めた先輩がそういう扱いだったのですから。

 

なので円満退社するためには理由はもちろんですが、今までの仕事の姿勢、気持ちも大事だと私は思います

 

円満退社に心がけること

 

この経験を振り返って円満退社に心がけることは3つだと思います。

 

・成長して貢献する

・耐える

・ギブ&ギブ

この三つを徹底したからこそ円満退社ができたのだと思います。

成長して貢献する

新卒で入社した私は右も左もわからなくて、ただ与えられただけの仕事をこなしていました。

 

でもそれだけじゃダメなんですね!

 

与えられた仕事をこなすことももちろん大切なのですが、それ以上のことをしなくてはならないんですね。

 

例えばあなたが経営者の場合、その企業が赤字だとして誰かをリストラしなければいけない選択を迫られた時に、給料分の仕事をこなす人と、給料分以上の仕事をする人、どちらをリストラしますか?

 

もちろん、給料分以上の仕事をする人を残すと思います。

 

給料分以上の仕事をするためにはそのために知識をつけて、その知識を活かした仕事をしないといけません。

もちろんこれは基礎の基礎なのですが、これが最初のことはできていなかった記憶があります。

 

自らが成長して貢献していくことで周囲の方からの信頼が得られたと思います。

 

耐える

仕事をいているとどうしても辛いことってありますよね?

理不尽なことを言われたり、ミスして怒られたり。

 

自分の行いの理由ならば仕方ないことですが、関係ないのに言われたりすると腹立たしく思うことがあるでしょう。

 

そんな時にグッと堪える耐える力が大切だと思いました。

 

時にはお酒に逃げる時もありました。

毎日帰りに缶ビールを買って帰宅して、冬にはおでんを買ったりして、楽しいことをして忘れようとしました。

 

ストレス発散の仕方は人によって様々だと思いますが、とにかく耐え抜くことが円満退社へのコツだち思います。

 

ギブ&ギブ

ギブ&テイクと言う言葉はよく聞くかと思いますが、円満退社のコツはギブ&ギブです。

見返りを求めずに与え続けることを言います。

 

人は何かしてあげたことは覚えていても、してもらったことは忘れてしまうことが多いです。

だからこそ与え続けます。

 

それはもうギブ&ギブ&ギブ&ギブ&ギブ&ギブ&ギブみたいな勢いです。

とにかくスタッフのため、患者のために行動してっけば結果は後からついていきますし、何より信頼というものを得られます。

 

まとめ

以上が私が円満退社できた理由です。

自らが成長して、患者のため、スタッフのために尽くしていけば信頼を得ることができます。

惜しまれて退社することは円満退社とは言えないのかもしれませんが、辞めることに対して後ろ指を刺されたり、憎まれないようにするためにも参考にしてみてはいかがでしょうか。